2021年8月12日の投稿
首元に出来た小さなシコリを妻が見つけ、
- かかりつけ医
- とある大学病院
を経て、セカンドオピニオンにて本格的にお世話になる動物病院に出会う事が出来、合計5度の外科的処置をしてもらいました。
5度目の処置の際、腫瘍が神経等に絡まっており、メスを入れたが、取り除くという処置は出来ず。
その後は出来るだけチビのQOLを保つ事に専念し続けました。
素人の私ですら見ただけでわかるくらい、チビに出来た腫瘍は大きくなり、外科的処置をする事が出来ない現状に、何とも言えない日々を過ごしていました。
猫のリンパ腫の余命中央値は、
治療を行った場合、6ヶ月から9ヶ月程度とされ、1年を越せる確率は、20%程度
と報告されています。
執刀医からも、比較的早いタイミングで、
ある程度心の準備はしておいてください
というようなニュアンスで状況を伝えられました。
ただ、チビは、初めて首元にシコリを見つけてから、2年ちょっと、私と妻のそばにいてくれる事が出来ました。
保護したのが、2012年でしたので、11年とちょっと我が家に居てくれる事が出来ました。
首元にシコリが認められてから以降、2年ちょっとの期間は、チビが、私と妻、そして、他の四猫に与えてくれた
エンジェルタイム
だと思っております。
【エンジェルタイム】次ニャン坊チビがくれたかけがえのない時間
この投稿は、少し前から、チビがくれたエンジェルタイムとして下書きをしていました。
今こうやって下書きをしている瞬間、チビはまだ私のそばに居て、苦しそうですが、呼吸音を私に聞かせてくれています。
そばで見ている私に、まだまだ大丈夫だよ、と言わんばかりに
へそ天
を見せてくれています。
ちょっとずつちょっとずつ、元気がなくなっていくチビを見守りながらの日々は、私と妻に、覚悟の準備をさせてくれた日々だと思っています。
先立つことになったチビが、私、妻、そして四猫に、心の準備をさせてくれる時間をくれたのだと思います。
チビにとって、5回の手術がホントに良かったのか、は、今でも分かりません。
が、飼い主として、
やれることは全部やりきろう
と決めたあの日から、チビが少しでも平穏に余命を過ごせるように出来たのではないかって思っています。
この下書きを投稿する日が少しでも先になれば良いって思っていましたが、2023年9月3日、投稿することになりました。
寝ている事が多くなり、そして、時折呼吸音も乱れてしまうチビ。
トイレに行くのが難しいのか、と思って、トイレまで抱っこしていくと、チビの体重がすごく減っているのを、両腕で感じました。
でも、抱っこされるのがイヤなチビは、
離せ離せ!
と、もがいていました。
トイレの目の前に連れて行くと、ちゃんとトイレもしていました。
賢さに脱帽です。
少しずつトイレの中に入る事も難しくなってきました。
トイレの粗相は過去1度だけ。強引につめを切った時、相当嫌だったのでしょう、爪切りを終えた直後、妻のお布団でトイレをしていました。
が、その後は爪切りをした後でも粗相をする事はありませんでした。そんなチビですから、トイレの目の前まで行き、前足だけでもトイレに入って、後ろ足を持ち上げる力が無いので、身体半分は、トイレからはみ出した状態でトイレをしていました。
元々トイレの周りには、ペットシートを敷き詰めていましたので、多少、トイレの外でトイレをしても、全く問題はありません。
後ろ足を持ち上げる力が無くなってきた頃からでしょうか、チビの前足、後ろ足の肉球マッサージをして感じました。
ほんのり暖かかった肉球が、冷たいのです。
お別れのときが近づいてくると、心臓から遠い場所から少しずつ、暖かさが無くなっていくようです。
iPhoneのストレージを久々に開いてみた。
猫飼い主あるある、でしょうが、私のストレージは、ほぼ五猫で埋め尽くされています。
動画もそれなりにありますが、動画の殆どは何故でしょう、チビのものがたくさんありました。
思い起こせば、五猫の中で一番活発だったのがチビだったのかも知れません。
2023年9月2日、23時30分次ニャン坊チビは、長い闘病生活を終えることになりました。
数日前から、チビの闘病生活の終わりが来ているのを感じていたのか、最後は妻がちゃんと看取ってくれました。
後悔はありませんが、哀しみと共に当分の間、共存しなくてはならないと思います。
ずいぶん前から、愛猫とのお別れについて、準備していたつもりでしたが、哀しみとうまく折り合いを付けたいと思っています。